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ブログ

2015年7月31日

人生における肝心なこと

庶務長です。
「暑」→「熱」の季節となりました。
皮を残してどろどろに溶ける葉月がやってきます。

雷、ゲリラ雨、そして熱中症。
様々な危険も待ち受けています。

最近は学校も二期制になって、終業式もなく夏休み突入のようですが、
みなさん、気をつけて夏休み満喫してくださいね。


夏になれば果物もいろいろな種類が出だす時期です。
我が家の「ムサボリビッチ・クダモノスキー」女史の話です。

果物がないと夜も日も明けない我が母は来年で傘寿。

これ以上世間様に迷惑を掛けてほしくはないのだが、
彼岸の先に行くには未だ元気すぎる困った御仁だ。

ただ寄る年波には勝てず、最近は段々故障が多くなった。
その上食べる量も減ってくる。
でも需要と供給という言葉を考えることなく、相変わらず「お取り寄せ」にはまり、
大抵その商品はは私の胃の中で残飯処理の憂き目にあう。


だが、私にはほぼ胃袋に入れた味以外の情報がない。

なぜなら、家に到着した段階で、箱に入っているはずの説明書、由来、家伝。
そんなものがあっという間に捨てられるからだ。
私が深夜に帰宅した際、その冊子をみることは殆どない。


「どこ」産で、「何」が売りなのか、
折角食すのであれば、一応知っておきたい私なのだが、それを気にする母ではない。

彼女にとってみれば
うまい or うまくない
これが全てなのだろう。


故に食べる前に母に確認という作業が不可欠になる。


昨年の晩夏もそうだった。
珍しくも洋ナシが食卓に上がった。


「これ、どこ産の洋ナシ?」
「郵便局で頼んだのよ、美味しそうだったから」


...だから、頼んだ仲介業者ではなく、産地を聞いているのだが...


「名のある品種なの?」
「なんとか、かんとか、っていう横文字だった」


通常、「横文字」とはアルファベットを指す。
まあ、年齢的に英語はすっかり忘れている年頃なので、苦手なのはわかる。


ただ、ヤツの場合は、カナカナ、ひらがなであっても、横書きに書いてあれば「横文字」と称すのだ。


「え~とお...なんとか、ド とかあったような気がする。」


ちなみに、これだけのヒントしかくれない母ですが、一か月もしないうちに、自分が言ったヒントすら忘れ、私にご下問が下ります。

「ねえ、あの洋ナシの品種、なんて名前だっけ?
妹にも送ろうと思うのよね~、ねえ、何で覚えてないの~ぶ~ぶ~」


私は母親のいい加減な記憶を補完した上に記憶しておくハードディスクのような存在となる。


お陰さまで、これだけのヒントで 調べて正解を導き出せるようになった訓練を何年してきたことか。

そして、母親に正解を覚えさせる訓練を長年やってきたのを諦めて何年になることか。

ちなみに、「ド」の付く洋ナシの正体であるが、
ドワイアンヌ・ドゥ・コミス
幻の西洋梨と言われている品種だと思われる。


さて。
今年も梨の季節がそろそろ到来してくる。
ハードディスクはポンコツなので、一ヶ月前より復習をせねばならない。

去年と同じ轍を踏む前に。

訓練と諦め。

人生で大事な言葉である。